新型コロナウイルス感染症は、令和3年12月6日時点で新規感染者数などの感染状況が落ち着いていますが、後遺症の発症や残存が社会問題化しています。
業務上または通勤中に新型コロナウイルス感染症に感染した場合も労災認定され、その対応は公表されていますが、後遺症への対応については明らかになっておりません(令和4年5月12日付で公表あり。4.追記参照)。しかし、最近労働基準監督署で後遺症が認定された旨の報道がありました。
下記では、新型コロナウイルス感染症の後遺症と労災認定について私見を含め整理しています。
1.新型コロナウイルス感染症の後遺症
多くの患者の方は時間の経過とともに症状の改善が見られますが、患者の方によっては症状の遷延、症状回復後に再び症状出現、当初は無症状であったが新たに症状出現、といった様々な経過をたどることが分かってきています。
症状の内容や程度によっては、仕事や日常生活に大きな支障が生じていることが報道されています。
「別冊 罹患後症状のマネジメント(厚生労働省)」によると、代表的な後遺症と主な検査、特徴・留意点として、下記が挙げられています。
代表的な症状 | 主な検査 | 特徴・留意点 |
呼吸器症状 咳、喀痰(かくたん)、息苦しさ等 | 1.基本的検査 胸部X線、ECG、血液検査、SpO2等 2.精査 肺機能検査、6分間歩行試験等、喀痰検査、心エコー、血管造影、HR CT、造影CT、動脈血ガス等 | ◯問診と身体診察で鑑別診断を絞り込む必要 ◯必要に応じて基本的検査を行い、異常があれば精査を実施。必要に応じて専門医に紹介が必要 ◯筋力低下・息苦しさ、肺機能低下の遷延の程度は、重症度に依存 ◯症状は基本的には徐々に回復 ◯胸部CTを撮影した場合、中等症以上で退院3ヶ月経過しても半数以上にすりガラス影を中心とした異常所見が残存 |
循環器症状労作時息切れ、起座呼吸、胸痛、動悸、倦怠感、手足がむくむ、手足が冷たい、夜間発作性呼吸困難、夜間頻尿、かがみ込むと苦しい、失神等 | 1.基本的検査 胸部X線、心電図、血液検査等 2.精査 心エコー、採血、CT、MRI、運動/薬剤負荷試験、心臓カテーテル検査、心筋生検、核医学検査等 | ◯問診と身体診察で鑑別診断を絞り込む必要 ◯必要に応じて基本的検査を行い、異常があれば精査を実施。必要に応じて専門医に紹介が必要 ◯あらゆる循環器疾患が新型コロナ罹患後に発症し得る ◯全身倦怠感や意欲低下、認知機能の変化の原因に、心拍出力低下が関与している可能性 |
嗅覚・味覚症状 臭いを感じない・弱い、臭いが違って感じる、何でも同じ臭い、味を感じない・弱い、食べ物がおいしくない、味が違って感じる、常に口の中が苦い・甘い等 | 鼻腔内視鏡検査、 嗅覚検査、味覚検査、CT、MRI等 | ◯早期に改善する嗅覚障害は気導性嗅覚障害(臭いが鼻腔内の嗅神経に達しないため生じる)に、1ヵ月以上に及ぶ嗅覚障害は画像や内視鏡で異常所見は認められず、異臭症(かいだにおいが以前と違って感じる、全てのにおいが同じに感じる等)を訴えることが多いため、嗅神経性嗅覚障害(嗅神経自体が傷害を生じて生じる)となっている可能性 ◯味覚障害に嗅覚障害を伴う症例が多く、味覚障害が単独で発生する症例の頻度が低い ◯味覚障害の多くは嗅覚障害による風味障害を発生している ◯嗅覚・味覚障害共に早期に改善する症例が多い |
精神・神経症状 ①倦怠感、易疲労感、頭がぼーっとするような症状(brain fog)、実行(遂行)機能低下、集中力低下等 ②不安、焦燥感、抑うつ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)等 ③様々な痛みや痺れ、起立性調節障害、長期間入院に伴う廃用性の筋力低下、集中治療後症候群などによる倦怠感・易疲労感等 | 1.身体的原因の検索が第一 2.必要に応じて、二次医療機関での精査 | ◯有効な治療に関してまだエビデンスが乏しく、患者の経験する不安や苦痛の傾聴、共感が重要 ◯身体的原因の有無にかかわらず、症状が軽度なうちは病後の担当医やかかりつけ医等の対応が基本 ◯検査終了後や症状軽快後も、かかりつけ医等で診療の継続が望ましい
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身体の痛み頭痛、頸部痛、胸部痛、腰痛、下肢痛、腹部痛など | 血液検査、画像検査等 | ◯痛みの多くは時間経過とともに回復 ◯しかし痛みが続くと二次的な廃用なども影響して慢性化する可能性もあるため適切な対応が必要 ◯感染で経験した恐怖や不安の影響あり、寄り添い傾聴が必要 ◯何か小さな異常あるかもしれないが感染が終わっており、基本的には症状が悪くなる病態ではない ◯病名は器質的な病気の存在に直結しない |
2.新型コロナウイルス感染症の後遺症に対する労災認定
(1)基本的な考え方
①後遺症が残存するケース
労災保険では、一定期間適切な治療を続けても症状の改善が見られない場合、治ゆ(症状固定)として障害補償給付(障害給付)の請求手続に進むことが一般的です。
しかし、障害の内容や程度によっては、かなり長期間過ぎても症状固定とせず、治療費等が支払われ続けているケースも見られます。
新型コロナウイルス感染症も、長期的に症状がどのように推移するか現段階では明らかではありませんので、労災保険は簡単には症状固定にせず、治療費等を支払い続けることが予想されます。
②後遺症が発症するケース
新型コロナウイルス感染症は、感染しても必ず症状が出るとは限らず、無症状のことも少なくないといわれています。しかし、無症状の方でも突然倦怠感などの症状に襲われることがあり、これが後遺症の発症と言われることがあります。この場合、いつ感染したか明らかにすることは通常難しいですので、医療従事者など原則として労災認定されることが明記されている方以外は、労災認定されることは基本的には難しい可能性があると予想されます。
また、症状が回復した後であっても、再び症状が現れてしまうことがあるとされています。これを後遺症の発症ということもあります。この場合、最初の症状について労災認定されていれば、回復後に症状が現れても、症状の再発として労災認定される可能性があります。
先日兵庫の労働基準監督署で後遺症が認定された旨の報道も、記事を確認しましたところ、症状回復後に症状が出現したということですので、障害等級が認定されたのでなく、症状の再発が認定されたものと思われます。
なお、労災で再発が認められるには、下記(a)から(c)の全てを満たすことが必要とされています。
(a)症状の悪化が当初の業務上・通勤中による傷病と相当因果関係があると認められること
(b)症状固定の時からみて、明らかに症状が悪化していること
(c)療養を行えば、症状の改善が見込めると医学的に認められること
(2)労災の障害等級認定の基本
労災保険の障害等級認定は、基本的には上記2(1)①の通り、業務災害または通勤災害により症状が現れ、適切な治療を続けても症状の改善が見られない場合に、治ゆ(症状固定)にして、あらためて被災者の方から障害補償給付(障害給付)の請求を受け付けてから行われると思います。
労災保険の障害等級は、障害等級認定基準に基づいて認定されています。新型コロナウイルスに対応した認定基準が新設される可能性もありますが、上記1で挙げた代表的症状を現在の労災保険の障害等級認定基準に当てはめますと、下記のようになることが考えられます。
代表的な症状 | 認定基準 | 障害等級 |
呼吸器症状 咳、喀痰(かくたん)、息苦しさ等 | 呼吸器の障害の認定基準 | 1級から11級 |
循環器症状 | 循環器の障害の認定基準 | 7級、9級または11級 |
嗅覚、味覚症状 ①嗅覚障害 ②味覚障害 | ①鼻の障害の認定基準 ②口の障害の認定基準 | ①12級または14級 ②12級または14級 |
精神・神経症状 ①倦怠感、易疲労感、頭がぼーっとするような症状(brain fog)、実行(遂行)機能低下、集中力低下等 ②不安、焦燥感、抑うつ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)等 | 非器質性精神障害の認定基準 | 9級、12級または14級 |
身体の痛み頭痛、頸部痛、胸部痛、腰痛、下肢痛、腹部痛等 | 疼痛に関する認定基準 | 12級または14級 |
(3)問題点
労災保険の障害等級認定では、症状を裏付ける客観的所見の有無が重視されていますが、新型コロナウイルス感染症の後遺症の場合、どの程度の客観的所見を必要とするか問題になると思われます。
新型コロナウイルス感染症では、呼吸器以外の器官や臓器にも変化が見られることが報告されていますので、症状を裏付ける変化が客観的に認められれば、実際の障害の重さに見合った高い等級が認定されると思われます。一方で、現時点では倦怠感のような症状は客観的所見が分かりにくいと判断されることも考えられますが、重症化リスクの因子や予後予測スコアなどが明らかにされてきていますので、それらも総合的に勘案して障害等級が評価されることも考えられます。
また、労災保険では障害等級7級以上の等級が認定された場合は年金支給になりますが、症状の長期的な推移が明らかでない現段階では、7級以上の等級認定には慎重になることが考えられます。
3.まとめ
新型コロナウイルス感染症の後遺症は、現時点では治療方法や長期的な推移など不明点が多く、障害等級認定基準も十分な対応ができていない現段階で、簡単に症状固定にして労災保険の障害補償給付の請求手続に進むことは時期尚早のように感じます。
労災保険の立場からすると、早めに症状固定にして障害等級認定を行い、一時金を支払って終了にした方が負担は軽減されます。一方で被災者の方の立場からすると、今後どうなるかよくわからない症状について、労災保険から治療費や休業補償等の支払いが終了にされて障害等級認定により一時金が支払われるよりも、症状固定にせずに治療費等が支払われ続ける方が安心と考えられます。
このため、現時点では労災保険はできるだけ症状固定にせずに治療費等を支払い続ける対応が必要と思われます。
なお、労災保険では症状の再発の請求が可能ですので、症状が回復して治療終了後に症状が再発した場合にも、改めて請求することで労災認定される可能性があります。
4.追記(2022年5月23日)
新型コロナウイルス感染症による後遺症の労災の対応について、厚生労働省労働基準局から令和4年5月12日付で「新型コロナウィルス感染症による罹患後症状の労災補償における取り扱い等について」との通達が出されました。
内容を見ると、従来の労災認定と大きく変わらない印象を受けます。例えば、障害補償給付の取り扱いについては、「十分な治療を行ってもなお症状の改善の見込みがなく、症状固定と判断され後遺障害が残存する場合は、療養補償給付等は終了し、障害補償給付の対象となる。」とされています。
新型コロナウイルス感染症の後遺症も、従来の障害等級認定基準により等級認定されることになりますが、どのような認定がなされるのか注目されます。
以上
(令和4年5月23日改訂)
【参考ホームページ】
◇新型コロナウイルス感染症 COVID-19 診療の手引き 別冊 罹患後症状のマネジメント第1版(厚生労働省)
◇新型コロナウイルス感染症診療の手引き第6.0版(厚生労働省)
【関連ページ】